昭和7年7月6日東京で生まれる。
戦時中に両親の故郷である新潟へ疎開し少年期を過ごす。

昭和24年歌手を志し上京、演歌師(流し)をしながら
独学で作曲を学ぶ。昭和32年「お月さん今晩わ」の発表以来、「高校三年生」「星影のワルツ」「せんせい」「くちなしの花」「北国の春」「こまっちゃうナ」「すきま風」など数々の
名曲・ヒット曲を世に送りだす。

その活動は創作活動にとどまらず、昭和40年に自らの名前を
冠したレコード会社「ミノルフォン株式会社」(現、徳間
ジャパンコミュニケーションズ)を創業、平成6年には
(財)遠藤実歌謡音楽振興財団を設立し、音楽文化の振興と
普及活動に取り組み続けた。

更には(社)日本音楽著作権協会会長、
(社)日本作曲家協会会長など公的な重責をおおく担った。
平成2年紫綬褒章、平成12年モンゴル国立文化芸術大学より、
日本人初の名誉音楽博士号、平成14年勲三等旭日中綬章を
受章するほか、平成15年には大衆音楽の分野から初めて
文化功労者に顕彰された。

平成20年12月6日永眠(享年76歳)。
国民栄誉賞を受賞、並びに正四位、旭日重光章を受ける。
その生涯に5,000曲を超える作品を世に送り出した。

昭和7年

7月6日 東京都向島区(現・墨田区)に生まれる

昭和18年

太平洋戦争の為、新潟に疎開。少年期を過ごす。

昭和24年

上京。流し(演歌師)をしながら作曲を独学。

昭和32年

「お月さん今晩わ」のヒットを機に活躍をはじめる。

昭和34年

日本コロムビア専属作曲家となる

昭和40年

ミノルフォン株式会社を興し専務取締役に就任

昭和43年

同社代表取締役に就任

昭和45年

同社退任後、フリーの作曲家となる

昭和49年

日本レコード大賞 中山晋平・西条八十賞受賞

昭和54・58年

日本レコード大賞特別賞受賞。

昭和63年

「雪椿」藤田まさと賞受賞

同年

「北国の春」中国国際文化交流センター 金星金曲賞受賞

同年

「再見・杭州」杭州文芸奨励特別賞受賞

平成元年

「称好寧波」寧波市文化局作曲特別賞受賞

平成6年

財団法人遠藤実歌謡音楽振興財団を設立
遠藤実記念館「実唱館」オープン

同年

社団法人日本大衆音楽文化協会会長に就任

平成7年

社団法人日本音楽著作権協会会長に就任(JASRAC)
(2期6年間務める)

平成8年

NHK放送文化賞受賞

平成12年

モンゴル国立文化芸術大学より名誉音楽博士号が授与される

同年

作曲家生活50周年記念コンサート「歌よありがとう」開催(両国国技館7,000人ご招待)

平成17年

社団法人日本作曲家協会・第5代会長に就任

平成19年

「遠藤実歌謡音楽祭」東京/大阪/福岡 三大都市にて開催。
計6万人集客

平成20年

12月6日 永眠(享年76歳)

昭和50年

紺綬褒章受章

昭和55年

紺綬褒章受章

昭和58年

法務大臣表彰

平成2年

紫綬褒章受章

平成10年

外務大臣表彰

平成14年

勲三等旭日中綬章受章

平成15年

文化功労者顕彰

平成20年

国民栄誉賞受賞

 

正四位 旭日重光章